新しい義に生きる

マタイの福音書5章17節~20節(参照:5章38節~44節)

わたしが来たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためにではなく、成就するために来たのです。…だから、戒めのうち最も小さいものの一つでも、これを破ったり、また破るように人に教えたりする者は、天の御国で、最も小さい者と呼ばれます。しかし、それを守り、また守るように教える者は、天の御国で、偉大な者と呼ばれます。まことに、あなたがたに告げます。もしあなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさるものでないなら、あなたがたは決して天の御国に、はいれません。


今日は4名の新成人の祝福をお祈りしました。ここまで親御さんからの多くの愛情を受け、教会の兄弟姉妹との繋がりを持って成長されたことを主に感謝し、4名の兄弟姉妹たちのこれからの歩みを更に主が導いてくださいますこと、健康を支え、皆さんの思い願いに応えてくださいますことを信じています。

2022年のテーマの「“シン”生活宣言!」について、皆さんはどのような思いを持って“シン”を思い描きましたでしょうか。それぞれの“シン”を1年間追い求め、主にあって実現してまいりましょう。

新型コロナウイルス感染症が再拡大し始めていますが、それで世の中の動きを厳しく制限すると、経済面だけでなく、私たちの信仰生活の息の根まで止めてしまいかねませんので注意が必要です。

もちろん、時には止める必要もあるでしょう。しかし、私たちの信仰がさらに成長し、成熟したものとなるためには、前進し続けることが大切です。

今日の聖書箇所から新しい義に生きるためのポイントを4つ学んでおきたいと思います。

1.忍耐と勇気を持って生きる

「右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい(39節)」とあります。通常右利きの方が多いので、普通は打たれるのは左の頬です。ここで右の頬を打たれるとは裏拳で打つことで、主人が奴隷に対してする方法でした。

これは、奴隷としての屈辱的な扱いを受けることを意味しています。肉体の痛みと屈辱的な扱いを受けることに忍耐し、更に左の頬を出すということはとても勇気のいる生き方です。私たちの信仰生活の中で忍耐と勇気を持ち日々歩んでまいりたいと思います。

2.社会的責任を果たすこと

「上着もやりなさい(40節)」、「2ミリオン行きなさい(41節)」とあります。下着を取られるのは、何らかの負債の代償ですから、さらに上着も与えなさい。また当時、ローマ人の荷物持ちをして税金が免除されることもありましたので、そのために1ミリオン行けと言われるなら、2ミリオン共に歩き、自らの社会的責任を果たすことです。これが主の求めておられる生き方であること知りたいと思います。

3.人を生かし、幸せにする

「求める者には与え、借りようとする者は断らないようにしなさい(42節)」とあります。安息日に人を癒したことで律法学者やパリサイ人に責められた時、イエス様は安息日にしてよいのは、命を生かすことなのか殺すことなのかと問い返されました。

私たちも与えること、貸すことで、本当にその人が生き、幸せになるならば、惜しむことなく与え、人を生かし幸せにする生き方を選択しましょう。

4.全ての人を隣人として愛する

「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい(44節)」とあります。イエス様は隣人を自分のように愛しなさいと語っています。隣人とは、敵や迫害する者を含む、私たちの周りの全ての人です。その人々のために祈り、愛していきたいと思います。

私たちの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさるものでなければならないと言われています。主の御心にかなう新しい義に生き、恵みと平安を頂きましょう。

5.集まり続けよう

初代教会が誕生してから、何十年も経って書かれたヘブル書は、教会に宛てた書簡です。

その10章25節に「いっしょに集まることをやめたりしないで」とあるように、何十年も教会に通ったから、もういいのではなく、むしろ集まり続け、聖霊の力で満たされ、互いに励まし合い、主によって祝福されましょう。

教会の生命線は集まりにあります。この夏、共に集まる価値を頂いて前進しようではありませんか!

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