8月2日

手本とすべきもの、見習うべきもの!

万代 栄嗣

 台湾の李登輝元総統が97歳で亡くなりました。日本統治下の台湾に生まれ、戦前、戦中、戦後の日本のことを良く知る政治家でした。台湾の民主化を実現し、覇権を主張する中華人民共和国に対して、今日まで台湾の独立を守る土台を作った最重要人物です。京都大学に学び、学徒動員で日本陸軍に入り少尉に。ご本人も“21歳までは日本人だった”とか“難しいことは日本語で考える”というほど、生涯、流暢な日本語を話し、大の日本通でした。
 同性愛などの複雑な現代的問題に対しては、クリスチャンとしての伝統的な価値観を主張し、国作りや文化の熟成のためには、古き良き時代の日本の道徳や倫理、社会制度をしばしば振り返り、模範としていました。数年前、新渡戸稲造の“武士道”が話題になった際は、その“武士道精神”を私たち以上に説き、“日本人以上に日本がわかっている”と言われたほど…。当然、中国からは“日本の犬”と蔑まれることも多かったのですが、“日本と台湾は一体”と主張し続け、日本的な精神性や文化をずっと尊んだ人物でした。戦後の民主主義教育を受け、自信をもって戦前、戦中の日本を振り返ることのできない私たちを尻目に、いつも李登輝の発言には日本的な高潔性や忠誠心、今は日本人からも嫌われかねない滅私奉公などの、美しい思想が映し出されていました。政治や経済のみならず、精神的なものまで、日本を見習ってくれていたのです。
 現代の世の中は一つの考えで一括りにできない多元的な社会です。その中であれかこれかと、いつもフラフラと迷い続けるのではなく、これだ!という見習うべき手本を持った生き方に価値があります。私たちは、本当に不思議な人生における導きを体験し、神様と出会い、キリストの十字架の救いを信じ受け入れたのです。キリストを主と認めて歩む生き方を選び取っています。主を手本とし、見習いつつ歩みましょう。
 使徒パウロは、こう告白しています。“…私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません(ガラテヤ6:14)。”単に洗礼を受けたとか、教会に通っている、聖書から学んでいるというレベルではなく、いのちの生き方として、主キリストの愛を信頼し、誇りとし、真剣に弟子として生きる…というのです。世の中に感染症の話題が溢れ、災害の話題が絶えず、人々の心が揺れ動いている事態のただ中だからこそ、主キリストを見上げ、主の救いと愛に感謝して、主のしもべとして神の愛を人々に届けてまいりましょう。主キリストを誇りとし、従ってまいりましょう。