9月12日

喜びと感謝の表現を大切に!


先月末、孫娘の3歳の誕生日を家族で祝い、自宅で一緒に食事をしました。教会の皆様にも、いつも祈っていただき、心から感謝しております。

元気に、明るく成長しております。最近の、本人の“持ち歌”には教会学校で覚えた讃美もしっかりと入っておりまして、一人で日曜学校を再現して歌ったりしているようです。

その誕生会の際、本人の笑顔が大変印象的でした。一つは、次男夫婦の用意したアンパンマンとバイキンマンの絵が再現された誕生ケーキが目の前に用意されて、目を真ん丸にして見つめた時の表情。

そして、さらに、そのケーキを目の前にして、周囲のみんなに“ハッピー・バースデー”を歌ってもらう間の、笑顔が究極に行き着くとそうなるのか!と思わせるような嬉しそうな表情…。

分けられたケーキを頬張った時は、“アンパンマンとバイキンマンを食べちゃった”とニコニコしていましたし、ハッピー・バースデーを歌ってもらった際は、よほど嬉しかったのか、みんなが歌い終わるや否や、“もう一回!”とまさかの“おかわり”が求められて、そこに居たみんなで大爆笑となりました。“一生モノ”の笑顔に出会った感じです。

まぁ、すっかり爺々馬鹿となっている私なのですが…、同時に、やはり喜びや感謝を素直に表現するということは、本当に大事だと思わされたのでした。

世界各地のスラム街で生きる子どもたちを支援しているメトロ・ワールド・チャイルドの働きにおいては、支援者が子どもたちに誕生日ケーキをプレゼントするという企画があるのですが、生まれてから一度も美味しそうなケーキを目の前にして祝ってもらう経験のない子どもたちには、もしかするとそれ以上の喜びのシーンが与えられるのかも…と、改めて思わされました。

最近、私たちの生活では、批判や愚痴、文句や悪口などはしばしば耳にするようになっています。

しかし、それに比べて、喜びや感謝、感動を分かち合うことが随分と減っているように思います。

特にマスコミやジャーナリズムの世界では、人が何をしようが批判し難癖をつけるのが使命だと錯覚しているのでは?と思わせるほど、喜びや感謝の共感は皆無の状況です。

そんな中で、私たちの素直な感性まで毒されてしまわないよう気をつけたいと思います。私たちでさえ、素直な喜びや感謝と出会うと嬉しいのですから、天の神様が私たち信じる者たちの笑顔や讃美、感謝の歌声を喜ばれないはずはありません。

ひねくれたり、拗ねたような態度で祈るのではなく、喜びと感謝をもって祈り、神様に讃美をささげてまいりましょう。