3月15日
生かされていることの恵みと使命!

先週の水曜日は3月11日で…、2011年の“東日本大震災”発生から15年となる一日でした。2万2千人以上の犠牲者が出た未曾有の大災害でした。海岸線を中心に被害を受けた地域のインフラはほぼ整備されたとはいうものの、復興の街づくりの動きは鈍く、人口減は深刻のようです。福島第一原発事故の関連では、今も2万3千人が避難したままで、廃炉作業も思うようには進んでいません。
あの日、確か金曜日だったのですが、前日行われた銀座での集会の後、私はその日の夜に開かれる新宿での大きな大会に出席するため東京に留まっており、震災の発生した午後はお茶の水で人と会っていました。東京もかなり揺れ、喫茶店のテーブルの下に隠れたりした後、窓ガラスが割れた大通りを歩いてから自動車に乗り込み、崩れた大きな建物などを横目に見ながら街の中を進んでいたのですが、次第に大渋滞に飲み込まれるようになり、東京もとんでもない状況下にあることが分かり始めました。最後は夜の街を帰宅難民となった多くの人々の流れに巻き込まれながら歩いて、銀座のホテルに帰り着いたことを覚えています。
今回は、アンデレ宣教神学院のスクーリング中で、その日の深夜になっても仕事をしていたのですが、途中から、点けたままになっていたテレビのドキュメンタリーに見入ってしまいました。そこには、大震災で父親と兄を失った女性が家族で切り盛りしていたホテルを再開して一生懸命に今も経営している姿がありました。一度に、小学生の子どもたち3人を亡くした夫婦の、悲しみを抱えつつも3人の笑顔溢れるビデオを見返しながら自分たちにとっての宝物だった…と告白しつつ生きている姿がありました。ご主人を亡くし、もし生きてくれていたらこんな場面で何て言うだろう…と問い掛けつつ、子どもたちを育て上げたお母さんの姿がありました。それぞれの家族の愛の物語に触れながら、私の胸にも様々な感慨が溢れていました。
私には天に召されてからの物語の前に、今は確かに生かされている事実があることを心から感謝しよう!と改めて思わされました。そして、生かされているということは、そこに神様から与えられている、この地上での果たすべき使命があることを忘れてはならない…と感じさせられたのでした。普段、生かされていることの恵みを忘れがちな私たちです。今、主なる神様からしっかりと生きるように、といのちが与えられていることを感謝しましょう。天に召されて後、人々の思い出の中で紡がれる物語の前に、自分自身がしっかりと行動し語って紡ぎ出せる自分らしい真実の物語あることを忘れずに、日々を歩んでまいりましょう。
