私たちにとっての3つの確かなこと

テモテへの手紙第一1章12節~17節

私は、私を強くしてくださる私たちの主キリスト・イエスに感謝をささげています。…私は以前は、神をけがす者、迫害する者、暴力をふるう者でした。…「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた。」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。しかし、…私があわれみを受けたのは、イエス・キリストが、今後彼を信じて永遠のいのちを得ようとしている人々の見本にしようと、まず私に対してこの上ない寛容を示してくださったからです。…


私たちの心を不安定にさせる動きは世の中にたくさんありますが、イエス様は「勇敢でありなさい。私はすでに世に勝った」と試練や困難に対して勝利を宣言されました。そして死の力を打ち破り甦ってくださいました。だから、イエス様と共に歩む私たちは勝利を必ず手にすることができます。主からの平安の約束を自分のものとしてしっかり歩みましょう。
今日の箇所は、使徒パウロが弟子のテモテに書き送った手紙です。あなたは、現代のような時代ではなくて、信仰が強く、聖霊が豊かに働いた聖書の時代に生きていたら幸いだったと思いますか? しかし実は、聖書の時代も大変でした。迫害され、捕らえられ、死刑にされることもありました。そして、ありとあらゆるおかしな教えがまかり通っていたのです。そんな中で書かれた手紙です。私たちの歩みを乱すようなものがあるかもしれませんが、私たちには、神様により与えられた確かなものがありますから、それをしっかり掴んで歩みましょう。

1.私たちは罪人であったという事実

私たちには、様々な信仰の型があります。イエス様に感謝を込めて奉仕し、お仕えする型。いつも賛美し、感謝する型。忠実に祈る信徒である型。また、自分の不足や弱さを訴える祈りの多い型もあります。ぜひ今日、あなたが持つべき信仰の型として、いやされる信仰の型を持ちましょう。私たちは日常生活の中で、自分の型に人を合わせたいと思う傾向があります。自分を教科書にするのではなく、神に喜ばれる型を求めていきましょう。

2.キリストと出会って救われたという事実

主は、自分は正しいと信じて人を裁いてばかりいた罪人の頭であった私と出会ってくださいました。このことを感謝しましょう。イエス様が出会ってくださらなければ、今こうして礼拝に出ることも周りの兄弟姉妹たちとこんなにも親しく過ごすこともあり得なかったのです。世の中にはこれが確かだと言えることが少ないですが、あなたの人生に関わる否定できない事実を忘れず、キリスト・イエスは、この私を救うために来てくださったと告白しましょう。

3.キリストによる新しい命が動き出した事実

あなたが救われたのは、あなたのような人がこれからも救われるためでした。このことを喜びましょう。あなたのような人の救いのパターンがあってもいいと、主は認めてくださったのです。キリストによる新しい命が動き始め、今も動き続けているのです。パウロの物語は、テモテへの手紙を書いた後も、天に召されるその日まで続きました。神様の素晴らしい救いのご計画によって私たちは選び出され、愛され、救われました。救われた者としての救いのご計画は、今も動いているのです。
12節でパウロは感謝をささげました。私たちも、古い自分がいた事実を認め、その私にイエス様が出会ってくださり、変えられ、今も共にいてくださるという事実を忘れず、救われた者のモデルとして歩めることを感謝して歩みましょう。

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