キリストの十字架の贖いに立ち返ろう

ペテロの手紙第一2章22節~25節

キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。


私たちには様々な生活の変化がありますが、イエス様はいつも変わらず新鮮な恵みをもって私たちに触れてくださる救い主であることを感謝します。コロナウイルスの感染予防に最大限の対策をしつつ、新しい生活様式に、日常生活をリセットしていきましょう。以前の生活習慣から必要でないものを省き、必要なものを柱とした新たな生活環境を整えてまいりましょう。私たちクリスチャンは、信仰をその柱とし、信仰生活の7原則(礼拝、聖書、祈り、献金、奉仕、伝道、交わり)を霊的な栄養素として、土台を整え直してまいりましょう。今日は癒しの礼拝です。イエス様は、私たちを罪の力から救ってくださる真の救い主です。そして、弱さや不安、恐れ、霊的な問題から解放してくださる御方です。
ペテロの手紙には、迫害の中にある教会に働きかけて励ましたペテロの信仰の基本がまとめられており、今日の聖書箇所には、イエス様の救いの素晴らしさと、救いに伴う癒しの力強い約束が記されています。3つのポイントを確認しておきましょう。

1.救いの御業を受け入れる

命の与え主である父なる神により、私たちのために整えられている救いの御業があることを受け入れましょう。イエス様は、神のご計画に従い、私たちの罪の代価として十字架の上でご自分の命を捧げて死なれました。神様はどのようなことをしてでも、全ての人々を救おうとしてくださっているのです。私たちはクリスチャンとしてただ漠然と生きるのではなく、偉大な神様の深いご計画の中で私たちが生かされていることを感謝したいと思います。

2.罪の身代わりは、私のため

イエス様の救いのご計画は全人類のためだとありますが、具体的には、この私のための救いです。罪ある欠点だらけの私が、神の子どもとして罪から離れ、義なるいのちに生きるために、イエス様は救いを実現してくださいました。このことを感謝します。
イエス様を信じる信仰は、私たちが救われるためであり、神による新しいいのちをいただくことができることを覚えたいと思います。この2020年6月の私たちの歩みの中にも、イエス様の救いの御業を実体験することができる祝福をいただきましょう。

3.救いの中に癒しの力が今も働く

私たちのための救いの中には、癒しの力が今も働いていることを覚えたいと思います。イエス様が十字架で流された血潮によって私たちの罪が清められるのと同時に、イエス様の血潮が私たちの病を洗い流してくださり、病の力からも解放されて癒されることを感謝します。
私たちの人生に大きな影響を与えるものが、目に見えないコロナウイルスの存在ではなく、十字架の上で私たちのために命まで捨てられたイエス様でありますように。同じように目には見えませんが、ウイルスとは比べられないくらい、天地宇宙をつくられた神の愛のスケールはあまりに大きいのです。その神の愛と十字架の救い、癒しの力が、私たちの人生に影響を及ぼすものであると告白しながら、新たな日常の中で歩んでまいりましょう。神の救いのご計画の中に私が置かれ、今日もこうして礼拝に参加できることを感謝します。