主キリストと共にある私たちの毎日
コリント人への手紙第二6章2節、詩篇118篇24節、
テモテへの手紙第一1章13節~16節、コリント人への手紙15章8節~10節
詩篇118:24 これは、主が設けられた日である。この日を楽しみ喜ぼう。
Ⅰコリント15:10 ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。
暑さの続く毎日ですが、健康を増し加えていただき、ニコニコ・ワクワクして、主によって祝福されて歩んでまいりましょう。皆さん、ご存じでしょうか。語呂合わせが好きな日本人は、「今日は何の日?」として、毎日何かしらの記念日を設けています。そこで、今日まず皆さんに問いかけたいことは、
1.あなたにとって今日一日はどんな一日?
私たちは、ともすると毎日を代わり映えのしない日々として歩んでしまいます。しかし、その一日一日の積み重ねが人生ですから、どうでもよい一日が積み重なると、結果、どうでもよい一生になりかねません。おおげさに頑張る必要はありませんが、せめて今日一日を良い一日として歩むべきではありませんか。同じ一日であっても、なんとなく終わってしまう味気ない一日ではなく、恵みの一日、救いの日として味わいながら、一日一日を歩むことができるとしたら、凡人である私たちであっても、きっと幸せになれると思いませんか。詩篇118:24には、神様が与えてくださったこの日を喜び楽しもう、と書かれています。神様を信じるということは、縁起を担いだり、お守り代わりに宗教に属したりするようなことではありません。弱さを抱えた私たちは、人生で自分の力ではどうしようもない出来事に出会うことがしばしばありますが、たとえそんな時でも、いのちの与え主である神様と共に歩んでいるなら、力が与えられ、一日一日を恵みの日として歩むことができるのです。
2.聖書が教えるあなたの毎日を変える方法!
聖書は、弱い私たちでも変わることができ、一日一日が充実した毎日になる方法を教えています。パウロという人物はクリスチャンになる前、教会を迫害し、クリスチャンを捕らえて拷問にかけ死に至らせていた人物でした。現代で言えば死刑囚とも言えるパウロですが、キリストと出会うことで、その人生は劇的に変えられました。キリストの弟子となり、全世界に神への信仰と愛と希望を伝え、パウロの書いた書物は多く聖書に残されるほどにまでなりました。聖書ははっきりと、救い主キリストと出会うことで人生は変えられる、と伝えています。人間は神様からいのちと同時に、自由も与えられましたが、私たちはその使い方を誤り、争いや欲望を生み出してしまいました。罪に汚れている私たちですが、そんな私たちの罪の身代わりとなってキリストは死んでくださり、私たちを罪から救い出してくださいました。この救い主キリストを心の中に受け入れて信じるならば、私たちの罪は取り除かれ、人生が変えられるのです。
3.あなたの毎日を変えてくださる主キリスト!
単に今日という日が「どこかの何かの記念日」というのではなく、今日があなたにとって本当に恵みの日であり、あなたの人生が変えられた救いの日だ、という体験をすることができるのです。救い主イエス・キリストを信じるなら、あなたの毎日が変わります。成り行き任せに生きるのではなく、感謝と喜びに満たされた一日一日を歩もうではありませんか。どこかの誰かにとってではなく、「あなたにとって」今日が本当に恵みと祝福の一日となることを願います。
4.主キリストによる救い、助けと導きを受け止めよう!
自分の行いだけで、自分の正しさを誇ることのできる人間はいません。すべての人は罪を犯し、神の前に正しくない、滅びるだけの者です。しかし、神の御子であるイエス・キリストが私たちの罪を背負って、身代わりに死んでくださり、神の裁きを受け、私たちに救いを与えてくださいました。だから、聖書は「この世界に、イエス・キリストの御名以外に、人々を救い得る名はありません」と語ります。私たちを罪の世界から救い出し、私たちの名前をいのちの書に書き加えてくださる御方は、イエス・キリスト以外にはありません。そして、この御名を信じた者には、神の子となる特権が与えられるのです。私たちは弱く不完全な者ですが、イエス・キリストと共に歩むならば、神の清さが与えられ、救われた者として、天国の入り口に立つことができるのです。天国と結びついて、先に召された兄弟姉妹に、再びお会いしようではありませんか。