主にある救いと教会のイメージを持って歩もう

へブル人への手紙10章19節~25節

…イエスはご自分の肉体という垂れ幕を通して、私たちのためにこの新しい生ける道を設けてくださったのです。…私たちは、…真心から神に近づこうではありませんか。約束された方は真実な方ですから、私たちは動揺しないで、しっかりと希望を告白しようではありませんか。また、互いに勧め合って、愛と善行を促すように注意し合おうではありませんか。ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。


「ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです」(マタイ18:20)とイエス様は約束されています。この礼拝でイエス様は私たちの心をご覧になり、慰め、きよめ、癒し、解放し、喜びと力で満たし、新しい一週間も大勝利に導いてくださいます。私たち人間は、神様が命を与えられたものの中で唯一、自由意志で自分の人生を動かすことが許されています。であるなら、わがままで動くのではなく、神様の恵みを頂けるように信仰をもって御心にかなう生き方を選び取りましょう。

4年間のコロナ禍の影響で、今も人と会わない、集まらないということが当たり前になっていて、非常に残念です。これは人間性を弱くする悪魔の罠だと思います。集まって祈り合い、力を合わせて奉仕し、一人ではできなかったこともできるという本来のクリスチャンの姿に立ち戻りましょう。神様が私たちに求めている教会の姿を改めて描き出したいと思います。

悪の力は、私たちが各々持っているセルフイメージ(自己像)を激しく攻撃し、クリスチャンとしての力強さや喜びを奪い取ろうとしますが、神様はこう言われるのです、「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43:4)。だから、イエス様は、私たちの罪の身代わりとなって十字架にかかって死んでくださったのです。 へブル人への手紙は、教会誕生から時間が経って書かれた書物ですが、クリスチャンとしてのいのちの素晴らしさも教会の恵みも変わらないことが語られています。4つのポイントを押さえておきましょう。

1.主キリストによって“新しい生ける道”を歩む私たち!

たとえ日常生活に疲れ果てていても、イエス様の十字架の贖い、罪からの救いをもう一度自分のものとして受けとめましょう。そして、罪に影響された古い生き方から解放され、主キリストによって「新しい生ける道」を歩む者に変えられましょう。

2. 悪や罪の力の中でも動揺する事のない私たち!

クリスチャンになっても、私たちは心も体も弱さを抱えています。私たちを揺さぶる罪の力や悪魔の攻撃はあります。しかし、私たちは微動だにしません。クリスチャンは勝利者です。「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです」(ヨハネ16:33)。勝利者であるイエス様を信じることによって、私たちも勝ち得て余りある者となることができます!

3.お互いへの愛や善行を積み重ねる私たち!

「受けるよりも与える方が幸いである」(使20:35)。クリスチャンは、互いに愛し合い、仕え合い、良い行いを分かち合うようにとイエス様によって変えられました。今の世の中は、悪の力がはびこり、詐欺が横行していますが、私たちは、愛と善行を行い、人々を幸せにすることを積み重ねる者でありましょう。

4. 教会の集まりの中でますます恵まれる私たち!

2千年前の教会にも、色々な言い訳をして、教会に集まらない人たちがいました。世の終わりが近づいています。主にお会いする日も近づいています。ますます励んで教会に集いましょう。私たちからリバイバルが起こることを願い、主が与えられる教会の素晴らしいイメージを持って歩んでいきましょう。

5.イエス・キリストというお方―主キリストの存在!

私たちの求める救いは、どこにあるかわからない宝探しのようなものではなく、明確な場所があります。それは主イエス・キリストと共にあるのです。

6.お生まれになった―人生の歩みの中での事実!

救い主は人類歴史の中の事実となりました。イエス様は私の人生の歩みの中で事実となってくださるのです。

7.みどりごを見い出す―出会うことのできる主!

イエス様は探し求めれば出会うことのできる救い主です。永遠のいのちを証明された方が世の終わりまで私たちと共におられます。2000年前の救いと恵みの保証は今も変わりません。そのことを覚え、このクリスマス、感謝して歩んでまいりましょう。

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