主キリストを通して深い恵みに触れよう

ヨハネの福音書12章44節~50節
また、イエスは大声で言われた。「わたしを信じる者はわたしではなく、わたしを遣わした方を信じるのです。また、わたしを見る者は、わたしを遣わした方を見るのです。…わたしは光として世に来ました。わたしを信じる者が、だれもやみの中にとどまることのないためです。…わたしは世をさばくために来たのではなく、世を救うために来たからです。…わたしは、父の命令が永遠のいのちであることを知っています。…わたしが話していることは、父がわたしに言われたとおりを、そのままに話しているのです。」


今、日本では非合法のインターネットカジノが社会問題になっています。スマートフォンやパソコン上で、ゲーム感覚でお手軽にできるということで、全国で337万人もの人が利用しているそうです。そこで動いているお金は年間なんと1兆2千億円。また、利用者の半分はサラ金などでお金を借りて、賭け事に注ぎ込んでいるというのです。人々の人生を破壊する闇の力が広がっていることを思わされます。
救い主イエス・キリストが与えてくださる世界は光です。逆に真の神を信じないで歩むと、とんでもない闇、悲しみ、絶望の世界が広がってしまいます。暗闇の世界に足を掬われ、悪魔の罠にかかりませんように。「光」「イエスの命」「神の救い」に繋がる恵みをつかみとって前進してまいりましょう。
今日はイエス様が民衆に向かって大声で語られた箇所を開きました。私たちはこの箇所から、より深い恵みを頂きたいのです。私たちは「困った時の神頼み」のように、問題の解決を求めて祈ります。もちろん、信仰の入口としてはそれでいいでしょう。しかし、いつまでもその入口でとどまるのではなく、さらに信仰を深めたいのです。3つのポイントから学び、神様だからこそ与えることができる恵みをしっかりと受け取りましょう。

1.主キリストを通して、まことの神と出会おう!

イエス様は「わたしを見る者は、わたしを遣わした方を見るのです」と言われました。イエス様に焦点を合わせることで、いのちの与え主であるまことの神と出会うことができるのです。「困ったときの神頼み」や、「鰯の頭も信心から」というような、ご都合主義で、ご利益的な宗教とは違います。私たちはイエス・キリストを信じることで、天地宇宙を造られたまことの神様と出会うことができることを感謝しましょう。私たちの信仰がさらに深められ、さらに深い恵みへと導かれることを求めましょう。

2. 神の光、世の救いをいただこう!

イエス様は「光としてこの世に来た」また、「世を救うために来た」と語っています。救い主であるイエス様を信じ受け入れるならば、暗闇がはびこる世の中でも、光を受けて歩むことができ、誰でも、魂の救いを受けることができるのです。そのことを受け止め、救われ、罪きよめられ、「神の子ども」とされることを感謝し喜びましょう。救いのためにイエス様はありとあらゆる方法をもって私たちを光の世界へと導き、光の子どもとし、素晴らしい恵みを私たちにくださる方であることを感謝しましょう!

3.永遠のいのちに繋がる祝福にあずかろう!

今の世の中は現世的です。富や健康等に価値を見出します。長生きをすることはもちろん素晴らしいことです。しかし、クリスチャンとしてイエスを信じる者の最終、最大の祝福は永遠のいのちを与えられていることです。日本は世界一の長寿国ですが、長寿は思ったほど幸せではなく、長く生きていることで苦しんでいる人が多くいます。そこには神のいのちの裏づけがないからです。しかし、私たちには今この地上のいのちが失われても、イエス様のもとで永遠のいのちを生きることができる約束が与えられています。この地上のいのちを超える、恵みのいのちが与えられていることを感謝しましょう。

4. 私たちの信仰に答えてくださる神様

「彼らが叫ぶと、主は聞いてくださる。そして、彼らをそのすべての苦しみから救い出される(17節)」とダビデは、すべての苦しみから救い出される神様を賛美しています。

(へりくだ)って祈り求めるならば、主は必ず祈りに答え、恵みをお与えくださいます。そして、「主は心の打ち砕かれた者の近くにおられ、たましいの砕かれた者を救われる(18節)」と、私たちに祈りの姿勢を教えています。

この礼拝の中で、シンプルに信じて、癒しを求めましょう。主の前に遜り、恵みをいただきましょう。とことん祈って元気になって、主をほめたたえ、証しし、恵みの震源地とならせていただきましょう。周りの人々を潤す者、神様に喜ばれる者へと成長してまいりましょう。

以上の4つの選択で私たちはクリスチャンとしての信仰を選び取りたいと思います。この一年、私たちが「恵みの震源地」となるために、「私と私の家族は、主に仕える」と告白し、主の恵みを選び取って歩んで行く者となりましょう。

5.イエス・キリストというお方―主キリストの存在!

私たちの求める救いは、どこにあるかわからない宝探しのようなものではなく、明確な場所があります。それは主イエス・キリストと共にあるのです。

6.お生まれになった―人生の歩みの中での事実!

救い主は人類歴史の中の事実となりました。イエス様は私の人生の歩みの中で事実となってくださるのです。

7.みどりごを見い出す―出会うことのできる主!

イエス様は探し求めれば出会うことのできる救い主です。永遠のいのちを証明された方が世の終わりまで私たちと共におられます。2000年前の救いと恵みの保証は今も変わりません。そのことを覚え、このクリスマス、感謝して歩んでまいりましょう。

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