癒しの勝利を求めて祈ろう
マタイの福音書8章16節~17節、ヨハネの手紙第一5章4節~5節
…人々は悪霊につかれた者を大ぜい、みもとに連れて来た。そこで、イエスはみことばをもって霊どもを追い出し、また病気の人々をみなお直しになった。これは、預言者イザヤを通して言われた事が成就するためであった。「彼が私たちのわずらいを身に引き受け、私たちの病を背負った。」…
なぜなら、神によって生まれた者はみな、世に勝つからです。私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。世に勝つ者とはだれでしょう。イエスを神の御子と信じる者ではありませんか。
現代の世の中でも、多くの人々が肉体の病や精神的な病を患い、癒しを必要としています。私たちの神は癒し主です。今日の癒しの礼拝では、特に「勝利」を意識してお話ししたいと思います。イエス様は ヨハネ16章で「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです」と勝利を語られています。信仰生活の中に勝利をちゃんと意識しているでしょうか。キリストは神の御子でありながら、人となってこの世に来られ、この世での苦難、十字架の死と復活という、すべてのことに打ち勝たれた救い主です。その勝利の主が共におられるのですから、私たちも勝利を手にすることができるのです。イエスを神の御子と信じ受け入れるならば、どんなに弱い者であっても、世に打ち勝つ者とされるのです。マタイ8章では、「イエスはみことばをもって霊どもを追い出し、また病気の人々をみなお直しになった」とあります。確かに悪の力は働きます。しかし、イエスは悪の力に勝利を収められたお方です。3つのことを押さえ、ご一緒に勝利を宣言して祈りたいと思います。
1.病の原因である悪霊を追放される主!
病原菌や加齢が原因で病気だというだけでなく、人生の喜びやクリスチャンとして生き生きと生きる喜びを奪おうとする、病の原因である悪霊、私たちに敵対する者がいることをはっきりと知らなければなりません。イエスは病を直しただけでなく、人々を苦しめる悪霊を追い出されたのです。イエスの癒しは、私たちを病の中に閉じ込めようとする、一切の悪の霊の働きに対して勝利を収められたのです。この勝利の癒し主を信じようではありませんか。
2. 主による癒しと恵みのあらわれ!
16節にあるように、イエス様が直されたのは、症状の軽かった一部の人だけではなく、今時で言えば、お金を積んだ人だけが癒されたのでもありません。イエス様の癒しと恵みはすべての人に与えられたのです。それはすなわち、私たちにも与えられるということです。そして、ただ何となく気持ちが励まされたとか気が楽になったという程度ではなく、明確な解放と癒しが起こったからこそ、当時の人々は熱狂したのです。イエス様や弟子たちは、寝る間がないほど、祈り、神の救いを語り続けたのです。イエス様がもたらす勝利の癒しを求めて祈りましょう。
3.主による勝利を保証する御言葉!
17節には、「彼が私たちのわずらいを身に引き受け、私たちの病を背負った(イザヤ53章)」とあり、主キリストの勝利には、それを保証するイザヤの預言の御言葉があると語っています。「信仰による祈りは病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます(ヤコブ5章)」。「御言葉に伴うしるしをもって、御言葉を確かなものとされた (マルコ16章)」とあるように、勝利としての癒しが現わされることが御言葉によって保証されているのです。神の御言葉に立って勝ち抜きましょう。イエス様にその信仰をほめられた百人隊長は、勝利のために戦う軍人でした。命がけの戦いの中で生きていたからこそ、勝利することの本当の価値を知っていて勝利を与えてくださるイエス様を信頼したのです。私たちも神の御言葉に立ち、勝利を求めて祈りましょう。
4. 私たちの信仰に答えてくださる神様
「彼らが叫ぶと、主は聞いてくださる。そして、彼らをそのすべての苦しみから救い出される(17節)」とダビデは、すべての苦しみから救い出される神様を賛美しています。
遜って祈り求めるならば、主は必ず祈りに答え、恵みをお与えくださいます。そして、「主は心の打ち砕かれた者の近くにおられ、たましいの砕かれた者を救われる(18節)」と、私たちに祈りの姿勢を教えています。
この礼拝の中で、シンプルに信じて、癒しを求めましょう。主の前に遜り、恵みをいただきましょう。とことん祈って元気になって、主をほめたたえ、証しし、恵みの震源地とならせていただきましょう。周りの人々を潤す者、神様に喜ばれる者へと成長してまいりましょう。
以上の4つの選択で私たちはクリスチャンとしての信仰を選び取りたいと思います。この一年、私たちが「恵みの震源地」となるために、「私と私の家族は、主に仕える」と告白し、主の恵みを選び取って歩んで行く者となりましょう。
5.イエス・キリストというお方―主キリストの存在!
私たちの求める救いは、どこにあるかわからない宝探しのようなものではなく、明確な場所があります。それは主イエス・キリストと共にあるのです。
6.お生まれになった―人生の歩みの中での事実!
救い主は人類歴史の中の事実となりました。イエス様は私の人生の歩みの中で事実となってくださるのです。
7.みどりごを見い出す―出会うことのできる主!
イエス様は探し求めれば出会うことのできる救い主です。永遠のいのちを証明された方が世の終わりまで私たちと共におられます。2000年前の救いと恵みの保証は今も変わりません。そのことを覚え、このクリスマス、感謝して歩んでまいりましょう。