主のもとに重荷を降ろして歩み続けよう

ヘブル人への手紙12章1節

こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。


神様の恵みは本当に豊かです。先週の癒しの礼拝の後、癒されましたというお証しが幾つも届けられ本当に感謝でした。

主は生きて働いておられます。残りの半年も今年のテーマ“シン生活宣言”を忘れず、霊に燃え前進してまいりましょう。

私たちの人生を競技に例えるなら、マラソンのような長距離走だと思わされます。今日開きました箇所には、前に置かれた競走を忍耐をもって走り続けようと書かれています。

自分の心を探り、心の重荷や罪深い力、厄介な物を抱えたままその歩みにブレーキがかかっていないか、もう一度点検してまいりましょう。3つの事を確認したいと思います。

1.あなたの人生の重荷を主に委ねきろう!

自分の人生を振り返り、親に対しての恨みが忘れることのできない心の重荷になっていますとか、夫婦関係の出来事がトラウマになっていますと言われる方がいます。

マタイ11章28節には、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」とあります。

私たちは、クリスチャンとしてイエス様と共に歩む人生を与えられていますから、心に傷を受ける出来事があったとしても、それをずっと後生大事に持ち続けるのではなく、イエス様にお委ねしましょう。

イエス様は私たちの人生の重荷を身代わりに背負ってくださり、そののろいを断ち切るために十字架で死んでくださいました。救い主であるイエス様に委ねきろうではありませんか。

もう一度、あなたの心を探り、ブレーキになっているものがあるならば、イエス様に委ねきれますようにと祈ってまいりましょう。

2.あなたの毎日の心配事を主に任せよう!

私たちの日々には、心配事、不安や思い煩いがありますが、自分で悩んでも解決には向かいません。むしろ、ブレーキがかかって歩みを鈍くするばかりです。

第一ペテロ5章6~7節ではっきりと「ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高くしてくださるためです。あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです」とあり、思い煩いの一切を委ねなさいと語っています。

日々の心配事や不安を全部イエス様にお任せしましょう。主は常に共にいてくださいますから、主にあって、慌てふためかず、主の前にへりくだり、全部お委ねしましょう。

3.あなたの心の器を御霊で満たそう!

ガラテヤ5章19~24節にはこうあります。

「肉の行ないは明白であって、…不品行、汚れ、好色…しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安…キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです」。

私たちの心の器を、不安や争い、罪で重くするのではなく、聖霊の喜びや楽しさ、軽やかさで満たしていただこうではありませんか。心が聖霊で満たされ、御霊の実が結ばれますように祈りましょう。

イエス様によって心を軽くしていただいて、聖霊で満たされ、人生の旅路を忍耐を持って辛抱強く、走り続けようではありませんか。

金子みちひと先生も牧師として、ビジョンを持ち、参議院選挙に果敢に挑戦しておられます。主の栄光が現わされますようにお祈りください。

4.私の主!私の神!という信仰

トマスは、「私の主、私の神」と答えましたが、イエスは、「見たから信じるより、見ないで神の御言葉や人々の証言を聞いて信じる方が良い」と言われました。

この世には、自分中心、お金儲けが全て、死んだら終わりで今を楽もうという情報が溢れていますが、それは事実ではありません。

聖書は、人は一度死ぬことと、その後、神の前に立つことが決まっていると書かれています。

人生の情報戦の選択を間違わず、変わらない神の言葉に耳を傾けて、十字架と復活のイエスと共に生きましょう。

5.神の御計画の前進!

パウロは、伝道生涯において良いことも試練も経験したと記しています(ピリピ1:12)。あらゆることが相働いて福音を前進させ、神の御計画を進めるために役立っていることを感謝しています。私たちにも良いことも悪いことも起こりますが、主の計画は前進することを体験し感謝していきたいと思います。

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