永遠のいのちを与えられた私たち
神によって生まれた者はだれも罪の中に生きないことを、私たちは知っています。神から生まれた方が彼を守っていてくださるので、悪い者は彼に触れることができないのです。私たちは神からの者であり、全世界は悪い者の支配下にあることを知っています。しかし、神の御子が来て、真実な方を知る理解力を私たちに与えてくださったことを知っています。それで私たちは、真実な方のうちに、すなわち御子イエス・キリストのうちにいるのです。この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。
今日のメッセージのテーマは、神から与えられる「永遠のいのち」です。
私たちはクリスチャンでありながら、自分の人生にとって必要なもの、この世的なことを祈ることが多く、目に見えない霊的な価値を求めて祈ることが減っていると思います。もちろん神は、私たちの生活の隅々まで恵んでくださるのですが、霊の世界にまで救い主イエス・キリストの恵みが続くものであるということを心から感謝しましょう!
このヨハネの手紙の著者は、1章の冒頭で、「私たちは、天地宇宙のはじめから存在している方を見、触れ、体験した。その神の御子である救い主イエス・キリストに会った時、この方こそが永遠のいのちであることを知った。その方が、私たちと共におられるのだ」と記しています。そして、今日の聖書箇所は、その締めくくりの部分にあたります。
兄弟姉妹、クリスチャンに与えられる最大の恵みは、「永遠のいのち」です。実は、この「永遠のいのち」が約束されており、この希望があったからこそ、イエスと弟子たちの時代から二千年に渡り、教会のメッセージは伝え続けられてきました。
その間には、戦争や貧困、迫害等、私たちから見れば幸せには見えなかったクリスチャンもいたのです。でもそんな彼らもイエスの恵みを伝えることをやめませんでした。この地上での幸せを手に入れることはなかったとしても、「永遠のいのち」の世界、イエスと共にいつまでも生きる世界へと歩んでいく、その平安が溢れていたのです。
クリスチャンである私たちの一番の基本は「永遠のいのち」に根ざす自分を見出すことにあります。3つの事柄を確認したいと思います。
1.神の世界に生きるか?罪の中に生きるか?
現世的な世界に生きながら、自分に問いかけたいと思います。
日本人は、何事も曖昧な所がありますが、「私は神の恵みの中で生きる、悪の働きから切れた者である」と、はっきりと信仰を働かせる者になりましょう!
世の中の汚れはなくなりません。ですから、私たちは、神の恵みに生きるか、罪の中に留まるか、信仰による明確な判断が必要です。
私たちは、神の世界に生きることを決断しましょう。
2.神によって生きることを選び取ろう!
救い主イエス・キリストによって生まれ変わらせていただきましょう。神によって生まれさせていただき、神の子どもとして生きていけることに感謝しましょう!
そのためには、イエスを自分の救い主として信じることが大切です。イエスが私たちを愛してくださったように、あなたもイエスを愛すこと、神の子どもとして歩んでいくことを忘れてはいけません。
3.「永遠のいのち」が与えられている!
イエスを信じ愛し、常にイエスと共にいるならば、「永遠のいのち」そのものであるイエスの「永遠のいのち」をそっくりそのまま私たちも頂けます。このことを胸に刻み込みたいと思います。
これがクリスチャンであることの最大の恵みです。日々の必要だけでなく、ぜひ自分の将来、未来を、自分の地上での死のことを祈ってください。
イエスと共にいつまでもいるということを時に瞑想し、だから、どんな状況にあっても平安です、とイエスに告白してまいりましょう。
4.私の主!私の神!という信仰
トマスは、「私の主、私の神」と答えましたが、イエスは、「見たから信じるより、見ないで神の御言葉や人々の証言を聞いて信じる方が良い」と言われました。
この世には、自分中心、お金儲けが全て、死んだら終わりで今を楽もうという情報が溢れていますが、それは事実ではありません。
聖書は、人は一度死ぬことと、その後、神の前に立つことが決まっていると書かれています。
人生の情報戦の選択を間違わず、変わらない神の言葉に耳を傾けて、十字架と復活のイエスと共に生きましょう。
5.神の御計画の前進!
パウロは、伝道生涯において良いことも試練も経験したと記しています(ピリピ1:12)。あらゆることが相働いて福音を前進させ、神の御計画を進めるために役立っていることを感謝しています。私たちにも良いことも悪いことも起こりますが、主の計画は前進することを体験し感謝していきたいと思います。