神の家族に善を行おう

ガラテヤ人への手紙6章9節~10節

善を行なうのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。ですから、私たちは、機会のあるたびに、すべての人に対して、特に信仰の家族の人たちに善を行ないましょう。


昨日は、兄弟姉妹たちのご奉仕によって納涼まつりを開催することができました。夏の夕べのひとときを皆様と一緒に楽しく交わることができ、心から感謝します。

このコロナ禍にあっても、私たちはなお一層感染防止に努め、コロナに恐れおののくのではなく、主イエスの御名を掲げて教会の働きを進め、日本のリバイバルのために用いられたいと願います。

東京オリンピックの競技場へ行くためのバスを間違えた選手にタクシー代を渡して助けた女性スタッフの美談が、世界中で注目されています。この女性の手助けを素晴らしいと思うと同時に、私の周りには、そのような方がたくさんいらっしゃることを思わされました。

サマーキャンプや聖会に行きたくても経済的に難しい人がいれば、当人に分からないように援助をしたり、世界で教会学校を展開するメトロ・ワールド・チャイルドの支援に参加したりと、愛をもって自分のものを分かち合う兄弟姉妹が多くいらっしゃるのです。

聖書は、「あなたがたが…最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです」、「隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます」と語っています。私たちも、この神様の恵みをいただきましょう。

パウロは、ガラテヤの教会に宛てた手紙の中で「神の思いにかなう善を行いなさい」と語ります。3つのことを分かち合いましょう。

1.神が喜ばれる善を行う

今の世の中、物事を損得勘定だけで考える風潮があるように思います。しかし、イエス様は神様に喜ばれる善を行うことを教えられました。律法に従うことを重視するパリサイ人が行っていた、愛を伴わない形だけの善をイエス様は喜ばれなかったのです。

神様の御心にかなう善とは、どのようなものでしょうか。このように考えてみましょう。「今、私がこの人に何をしたらイエス様は喜ばれるだろうか」と。そして、行動してみましょう。

決して人を裁いたり、高ぶったりしてはいけません。キリストのしもべとして、神様が喜ばれる善を行っていきましょう。

2.飽いてはいけません

イエス様は「善を行なうのに飽いてはいけません」と言われます。1回きりの善ではなく、神様に喜ばれる行いを習慣化させましょう。神様は私たちが行う善をご覧になり、大きな恵みで報いてくださいます。

ですから、このように祈ってみましょう。「今日、1つ良いことができました。明日、また1つ良いことをさせてください」と。コツコツと善を積み重ねられるよう、信仰を働かせてまいりましょう。

3.目の前の神の家族に、まず善を行う

人を愛し、善を行う。そして自分に与えられた良きものを分かち合って生きていく…。私たちは、これがクリスチャンの生き様だと頭では分かっていても、世の中の人へどのように実行していけばよいのかが分からないことがあります。

イエス様は、まず神の家族である兄弟姉妹たちとの交わりの中で、互いに善を行うことを教えられました。

世の中では、罪や悪がはびこっています。しかし、教会には闇の中に輝く光であるイエス様の恵みが満ちています。兄弟姉妹と励まし合い、祈り合い、善を行い合い、共に祝福される者となりましょう。



4.集まりは祈りを生み出し奇跡を生む

使徒12章でペテロたちが牢に捕らえられていた時、「…大ぜいの人が集まって、祈っていた」のです。すると、御使いによって助け出される奇跡が起こります。

ペテロは、主が御使いを遣わして救い出してくださったと分かり、彼らが集まっている所へ向かいます。

集まりは、私たちに与えられている霊的な力を発揮させます。祈りを生み出し、聖霊の力を生み出し、神の力を引き寄せます。私たちは、共に集まることによって、本当の力が出るようになります。

5.集まり続けよう

初代教会が誕生してから、何十年も経って書かれたヘブル書は、教会に宛てた書簡です。

その10章25節に「いっしょに集まることをやめたりしないで」とあるように、何十年も教会に通ったから、もういいのではなく、むしろ集まり続け、聖霊の力で満たされ、互いに励まし合い、主によって祝福されましょう。

教会の生命線は集まりにあります。この夏、共に集まる価値を頂いて前進しようではありませんか!

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