信仰の火を受け継ぎ変えられよう

テモテへの手紙第一 1章12節~17節

…私は以前は、神をけがす者、迫害する者、暴力をふるう者でした。…「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた。」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。しかし、そのような私があわれみを受けたのは、イエス・キリストが、今後彼を信じて永遠のいのちを得ようとしている人々の見本にしようと、まず私に対してこの上ない寛容を示してくださったからです。どうか、…唯一の神に、誉れと栄えとが世々限りなくありますように。アーメン。


先日の25日から、オリンピックに向けた聖火リレーが始まりました。ここ松山でも4月21日に実施され、これから4ヶ月間は日本中で聖火リレーのことが話題となるでしょう。

聖火を繋ぐことを考える時、私たちの信仰の火は、戦争や災害、伝染病など、今とは比べられないほどの試練があった時代にも途切れることなく、キリストの時代から2000年にわたって受け継がれていることを感謝します。

イエス様から与えられた信仰の火を私たちの内に燃やしているなら、私たちは救われ、変化することができるのです。

これから、イースターに向かう1週間を歩みます。そして週の中で4月を迎え、新年度がスタートします。

今日開いた箇所に記されているパウロの証しから、この春に私たちがイエス様によって変えられて成長するための3つのことを確認しましょう。

1.イエスを信じる者は変えられる

パウロは、キリストを知る以前の自分を「罪人のかしら」と告白しています。それは大げさな言葉ではなく、熱心なクリスチャンたちをユダヤ教の古い伝統である律法主義に引き戻そうと迫害し、暴力を振るう者だったのです。

しかし、パウロは教会を迫害する者から、教会のためなら命を捨てる使徒へと変えられました。そして、新約聖書にある27の書物のうち、9~13の書物をパウロが書いたと言われています。

ここで最も重要なのは、パウロがキリストの教えを広めたということでなく、彼自身がキリストの十字架と復活によって、変えられた体験をしたということです。

私たちも、イエス様と出会うと変えられます。私たちの人生が変わるのです。

2.変化できる根拠はキリストにある

私たちが変化できる根拠は何でしょうか。パウロは、キリストが罪人を救うためにこの世に来られたことが答えであり、この言葉に間違いはないと明言しています。

キリストの十字架には、私たちの命を悪魔から解放し、神の臨在へと導く力があります。そしてキリストの復活によって永遠の命が私たちに与えられました。

イエス様の十字架と復活には、私たちを変え、救う力が今も働いているのです。

3.私の変化が次の救いへの可能性をひらく

パウロは、罪人のかしらである自分が救われたことは、救いの見本として人々に励ましを与え、キリストによって変えられることの素晴らしさを伝えるものとして用いられるためだと語ります。

私たちは、救われたら、そこで終わりではありません。あなたが変えられたことを見本として周りの人々が救われるのです。

あなたが救われたことは、新たな救いを生み出すための大きな可能性を持っています。

主は「心の一新によって、自分を変えなさい(ローマ12:12)」とおっしゃっています。この春、イエス様の十字架と復活によって与えられている福音(グッドニュース)があることに感謝し、「私を変えてください」と祈っていきましょう。

聖霊様が、あなたの心に「変わりなさい」と語りかけて促してはいませんか? 私たちのお金の使い方、奉仕のあり方、時間の用い方、家族との接し方…。私たちは信仰を働かせてイエス様による変化を求めましょう。

そして、私たちの信仰が成長することを願いながら、この受難週の歩みを始めてまいりましょう。

4.神の愛が常に注がれている

誰もが愛を求めますが、愛は見つからず、誰にも愛されないと嘆く人もいます。

しかし聖書は、「神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです(Ⅰヨハネ4:9)」と語り、救い主イエス・キリストによって現され事実となった愛が、ここに存在すると断言しています。

人の愛が不確かで弱いことを感じますが、私たちの人生の道には、神の愛があります。

「私の人生は、あなたの御前にあります。私の人生の全てが、神と共にあります」と告白し、信仰の一本道をしっかりと歩み続けましょう。神の愛と恵みは、あなたに注がれています。

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