神のご命令に信仰を持って踏み出そう

行って、イスラエルの長老たちを集めて、彼らに言え。あなたがたの父祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神、主が、私に現われて仰せられた。…
モーセは答えて申し上げた。「ですが、彼らは私を信ぜず、また私の声に耳を傾けないでしょう。『主はあなたに現われなかった。』と言うでしょうから。」…
モーセは主に申し上げた。「ああ主よ。私はことばの人ではありません。…私は口が重く、舌が重いのです。」       出エジプト記3章16節~17節、4章1節、10節

29日のバザーまであと10日になりました。バザーが大成功するよう共に祈りましょう。
あなたの生活の中で様々な問題や願いが絡み合い、膠着状態に陥り、出口が見えないことがあるかもしれません。けれども、神はあらゆる事柄を解決して下さいます。「今は恵みの時、今日は救いの日です」とコリントの教会に神が語られたように、今日この一日は新鮮な新しい一日であり、様々な恵みが起こりうる、素晴らしい時なのだということを思い出し、これからの春の歩みにも神の恵みは必ず現れることを信じて祈りましょう。
出エジプト記のモーセは、400年にわたって奴隷状態であったイスラエル民族を当時世界最強の国エジプトから導き出した偉大な人物です。しかし彼をはじめ、聖書の偉大な登場人物は皆、初めは弱くて情けない者ですが、変えられ神の勇者とし用いられていったのです。これは、同じように弱くて頼りない私たちも主によって用いられて神の恵みを豊かに体験することができるということです。そのために重要なことを2つ確認しましょう。

1.周りに責任転嫁しない

神のご命令、約束は明白に語られています。神はモーセに今すぐパロに会い奴隷を解放するように、またイスラエルの長老には、神が約束の地へ導き出して下さる、と宣言するように明確に語られたにもかかわらず、モーセはグズグズして神のお言葉になかなか従おうとしませんでした。彼は、神の祝福の大きさを受けとめかねて、それを信じきることができなかったのです。自分には、敵であるエジプトのパロを説得できないし、味方であるはずのイスラエルの長老も自分の言うことなど信じてくれないだろうと、神に向かって言い訳をします。自分の不信仰から目を背けて、敵と味方の両方の人々の問題にすり替えて神の命令に従わなかったのです。
私たちもモーセのように、しばしば人のせいにしていないでしようか? せっかく神がチャレンジしなさいと言われているのに、言い訳して逃げていることはありませんか? 神は準備もされずに、あなたにできないようなことをお命じにはなりません。

2.自分の弱さを理由にしない

私たちは、普段は自分の欠点を隠し、本来の自分以上に立派に見られたいと無理をしているにもかかわらず、神のご命令を聞くと、とたんに今度は自分の欠点を引っ張り出して、それを理由に言い訳していませんか? これも不信仰なことなのです。モーセは、自分のできない理由を神に必死に述べたてました。神はそのモーセを責めず、杖をヘビに変える超自然的な業を通し、彼と共にいるのが神であることを証明されました。それでも口べただと言う彼に「アロンがいるではないか」と怒られます。心配のあまり思い煩い、言い訳するモーセに、神は十分な備えをし、脱出の際には予想以上の奇跡さえ起こしてくださいました。実際には、アロンの口もほとんど必要なかったでしょう。神からのチャンスを逃さず、この春、私たちは、不信仰の方向ではなく、神の言われる通りの方向に信仰を働かせましょう。神を信じて、大らかに大胆に一歩踏み出し、神からのチャンスを活かし祝福を頂きましょう。