窮地にあってこそ感謝を

私はあらゆる時に主をほめたたえる。私の口には、いつも、主への賛美がある。私のたましいは主を誇る。貧しい者はそれを聞いて喜ぶ。私とともに主をほめよ。共に、御名をあがめよう。私が主を求めると、主は答えてくださった。私をすべての恐怖から救い出してくださった。彼らが主を仰ぎ見ると、彼らは輝いた。「彼らの顔をはずかしめないでください。」この悩む者が呼ばわったとき、主は聞かれた。こうして、彼らはすべての苦しみから救われた。     詩篇34編1節~6節

 

今日は新成人のお祈りをさせて頂きました。グルマンは「青春」という詩で、本当の青春とは心の若さのことだと言っています。私たちも純粋な素直な心を燃やして歩みましょう。そして、今年1年のテーマは「Thankful! いつも感謝」です。主に喜び讃美し、毎日恵みを数えながら歩んでまいりましょう。
今日は詩篇34篇。私の大好きな御言葉です。もう一度、主を讃美し、感謝する生き方に、本当にクリスチャンの喜びの人生の秘訣があることを学んでいきたいと思います。冒頭には、ダビデ王がアビメレクの前で、気違いのふりをして、逃げたとあります。紙一重で窮地から脱出した時の詩です。クリスチャンになっても、人生全てがバラ色というわけではありません。ため息の時も、涙を流す時も、心が重たくてたまらない辛い日々もあります。人生の窮地に陥った時、あなたはどうしますか? よくあるパターンは、①泣いて引きこもる、②もうダメだとあきらめ、死まで覚悟する、③こんなになったのはあの人のせいだと恨むというものです。しかし私たちには、世の中のパターンとは違う別の選択肢があります。

 

1.もう一つの選択肢

ダビデは命からがら敵の前から逃げたその時、神を讃美し、感謝したのです。今も生きて働かれるまことの神を信じているクリスチャンだからこその選択肢です。主は私たちが信仰深い時だけ向き合って下さるのではなく、私たちの弱い部分や罪深さを知りながらも、罪人である私たちの命のすべてを救って下さったのです。ピンチに陥ったあなたをも救い、愛しておられます。あなたの生活の中で、もうダメだと思う時にも、感謝し讃美するという、もう一つの選択肢が残っています。

 

2.窮地であっても神はそこにおられる

ダビデは、あらゆる時に主をほめたたえると歌い始めています。1~6節にあるように、いつどこにおいても、たとえ窮地の中であっても主なる神が共におられます。イエスの到来は、その名の通り「主は救いたもう」という意味であり、「インマヌエル(神は私たちと共におられる)」と呼ばれた主は、救い主イエス・キリストを信じる私たちの人生の順境の時も逆境の時も、常に共にいて下さり、救って下さいます。有名な「足跡」という詩で、クリスチャンの人生を象徴する砂浜に残る2つの足跡が、人生の最も苦しい時に1つになっていたのは、主キリストが私たちを背負って歩いたからだと書かれているように。

 

3.主が答え、救って下さる

4節に、主を求めると主が答え、全ての恐怖から救い出して下さったとあり、5~6節にも主は常に私たちを救って下さるとあります。主の答えは明確で力強く、いつも最善です。常に主を見上げて、讃美し祈り感謝することを忘れなければ、主は、私たちを助け、救い、必要な恵みを与えて下さいます。これが、シンプルな神にある霊的方程式です。ダビデは、命を狙われる場面でも神に感謝し、麗しい詩篇が誕生しました。皆さんの人生にも大小様々なピンチが訪れると思いますが、その時にこそ主をほめたたえ感謝するオプションを試してみませんか。感謝が切り開く恵みの日々をあなたのものとして下さい。