癒しをもたらす神の豊かな救い
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。 神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。 ヨハネの福音書3章16節~17節
命の芽生えの季節を迎えていますが、私たちの人生の歩みの中にも、この春にふさわしい神からの命の祝福、新鮮な恵みを頂いていきましょう。この箇所はおそらく聖書の中で一番有名な1節です。それは、この御言葉が単に言葉として美しいだけではなく、この真実がすさまじく重いものだからです。聖書を一言でまとめるなら、この節と言われるものです。
1.神の愛の事実
神は、私たち一人一人を徹底的に愛して下さっているという、神の愛の事実があります。それは、単に言葉だけでなくひとり子の命を下さるほどの愛です。
愛にもいろいろあります。コンサートで「愛しているよー」と歌手が叫ぶ軽い愛もあれば、子供が病気の時、代れるものなら代わりたいという親子の愛もあります。しかし、神に背を向けた、とんでもない「罪人」であり、神の「敵」でもあったとローマ人への手紙に記されているような私たちに、神は愛を注いで下さったのです。そんな「罪人」であり「敵」であった私たちさえとことん愛し、代わりに死んで命まで下さった、そこまでの愛で神は私たちを愛して下さっているのです。
癒しを考えるとき、特別な業を積んだり、特別な幸運で癒されるのではありません。このすさまじい神の愛が私たちへ与えられているという、動かすことのできない事実が根底にあるのです。その愛の中に置かれている私たちには、キリストの救いと豊かな恵みが与えられているからこそ、癒されてゆくのです。
2.永遠の命が与えられる事実
私たちは、単に心が休まるとか経済が恵まれるという御利益レベルの救いにとどまらない、本物の救いである永遠の命をいただいているのです。神は、神と共に永遠に生きることのできる、命の最高形としての永遠の命を私たちに与えて下さったのです。ですから私たちは、神がそもそも与えようとしておられた最高の命、永遠の命にまで進みたいのです。そのために私たちは、肉体の命だけで生きるのではなく、神の御霊によって生まれ変わらなければなりません。それによって天国に行き、いつまでも神と共に生きることができるのです。
神が、死を超越した永遠の命まで用意してくださっているのですから、死に至るまでの私たちの地上の歩みの中で、その命を全うするために神様が病気を癒してくださるのは当然です。
3.あなたを救って下さる事実
神の愛に例外はありません。唯一無二のあなたというひとりを救うために、唯一無二のイエスというひとり子が救い主として来て下さいました。
「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」(ローマ10:13)とある通り、あなたも必ず救われます。イエスは一人一人の救い主として、あなたにも向き合って下さいます。私たちの祈りに答えて癒しを行ない、あなたのためにも主は働いて下さり、神の豊かな恵みが現わされます。
神は、あなたが健やかであることを願っておられるのであり、イエスが十字架で苦しまれたとき、その傷によって私たちは癒されたのです。今日も鮮やかな癒しを体験しましょう。