信仰によって受け止めるいやし

…十二年の間長血をわずらっている女がいた。…彼女は、…イエスの着物にさわった。「お着物にさわることでもできれば、きっと直る。」と考えていたからである。すると、すぐに、血の源がかれて、ひどい痛みが直ったことを、からだに感じた。イエスも、すぐに、自分のうちから力が外に出て行ったことに気づいて、群衆の中を振り向いて、「だれがわたしの着物にさわったのですか。」と言われた。…そこで、イエスは彼女にこう言われた。「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心して帰りなさい。…
                  マルコの福音書5章25節~34節

今日お読みした、長血の女の癒しの物語は有名で、聖歌617番「イエスは通りたもう」は、これをモチーフとして生み出されました。今日は、この歌詞を味わいながら、5つのポイントを分かち合いましょう。

1.主キリストとの出会いの価値を知ろう

1番に「イエスは通りたもう、人垣をくぐり、御衣の裾に触りまつらん」とあります。彼女は12年間も長血を患っていましたが、だれも直せないばかりか、多くの医者にひどい目に会わされ、財産をなくし、病状も悪くなるばかりでした。現代に生きる私たちは、いつでも聖書を読める恵まれたチャンスに置かれていますが、2千年前の彼女にとっては、イエスと出会うのは千載一遇のチャンスでした。彼女はイエスに出会えばきっと直ると信仰を持って、人混みの中へ中へと進んでいったのです。私たちもこの礼拝の中で、イエスとの出会いを逃がさないようにしましょう。

2.主の御業、御言葉の力強さを覚えよう

2番にはこうあります。「ただの一言をのたもうと共に、わが罪と病、ただちに癒えん」。主が一言でも語れば、私の抱えていた罪、咎、汚れ、病、煩いの一切がたちまち消えていくでしょうと詞っています。主の臨在に触れると、人生を変える救いの業、癒しの業が明確に現されます。信仰は、自分の理屈ではなく、主の御言葉に信頼することです。御言葉には権威があり、御業には力がありますから、主の約束に信頼する者は、失望させられることはありません。今一度、この信仰に立とうではありませんか。

3.主への真剣な信仰を持って近づこう

3番には「触る人々はいかに多くとも、我は信仰もて触りまつらん」とあります。彼女はイエスの着物の
裾にでも触れば、きっと直ると、信仰を持ってイエスに手を伸ばしました。彼女の手が触れた瞬間、イエスの癒しの力が反応して、彼女を癒したのです。イエスが求めているのは、あなたの信仰です。「私は信仰の目をあなたに向けます。どうか私に触れて下さい」と信仰を持って、イエスに近づきましょう。

4.主は、確実に答えて下さることを知ろう

4番には「触りまつるとき、主は我を見つめ、声をかけたまわん、いと優しく」とあります。指先がかろうじて触れた彼女に、イエスはだれが私の着物に触ったのかと言われます。もちろん、イエスはだれが信仰を持って触ったかを御存知でした。しかし、なおも問い続けます。それは良きものを100%彼女に与えるためでした。震えながら進み出る彼女に、「あなたの信仰が、あなたを直した」と語ります。主は私たちの祈りと信仰にも確実に答えて下さいます。

5.主キリストの御業を今日も体験しよう

5番に「イエスは癒しうる力を持ちたもう、イエスは救いうるまことの神」とあります。主は聖書の時代だけではなく、今もここに働いておられます。マレーシアのムーイ先生から、2万人以上が集った癒しの集会で、車イスから20人もの人が立ち上がる奇跡が起こったと喜びの電話がありました。東京の集会に来ておられる方から、イエスが癒し主と聞いた瞬間、うつ病から解放されたと、感謝の手紙を頂きました。今も生きて働かれる主を信じて癒されましょう。