悩みの中で神様と出会う

…その子は王女の息子になった。彼女はその子をモーセと名づけた。…こうして日がたち、モーセがおとなになったとき、…自分の同胞であるひとりのヘブル人を、あるエジプト人が打っているのを見た。…彼はそのエジプト人を打ち殺し、これを砂の中に隠した。…パロはこのことを聞いて、モーセを殺そうと捜し求めた。しかし、モーセはパロのところからのがれ、ミデヤンの地に住んだ。…それから何年もたって、エジプトの王は死んだ。イスラエル人は労役にうめき、わめいた。…神はみこころを留められた。
                    出エジプト記2章1節~25節

昨日の納涼祭りは、朝から降っていた雨も上がり、午後は晴れ。雨のおかげで涼しく納涼会らしく行うことができました。ご奉仕して下さった方はもちろん、食べに来て下さったお一人お一人に心から感謝いたします。今日は旧約聖書のモーセの話を通して、私たちは悩みの中で神と出会わせて頂き、神から祝福を受けるということを学びたいと思います。

1.悩みを通し人間的なものは打ち砕かれる

モーセの一生は120年でした。40歳まではエジプトの王子として生きましたが、エジプト人を殺したことでミデヤンの地へ逃れ、80歳までは羊飼いとして、80歳から120歳までは偉大な指導者として用いられます。神のために働いた、この80歳から120歳の時こそ、モーセが一番輝き活躍した時代です。
神は、モーセを指導者としてイスラエルの民を救い出すというご計画をお持ちでした。しかし80歳までのモーセには、その準備が整っていなかったのです。神は、モーセが40歳から80歳の間、彼を訓練し続けます。「人を殺め私はここへ逃げてきた…しかし、これからどうすればいいのだろうか」そんな思いで毎日祈り続けた40年は、神が彼の人間的な考えや思いを全て砕くために与えた訓練の日々でした。
40歳までのモーセは、王子としての富と権力を持ち、自分の力で何でもできると思っていました。80歳で、神からエジプトに行きイスラエルの民を救い出せと言われた時、告白しています。「富も権威もない、私はただの80歳の羊飼い。一体何ができるのか」と。しかし神は言われます。「わたしがあなたと共にいる」。「権力によらず、能力によらず、我が霊によって」と聖書にあるように、人間的に頼るべきものを全て失ったモーセが神の言葉に従う時、初めてイスラエルの民を救い出すとことができたのです。

2.苦難の中で神と向き合い輝く人生へ

私たちの人生の中に、神は恵みを豊かに注いで下さっています。モーセが苦しみの40年を通して神に用いられて輝く人生を歩むことができたように、どんな苦しみの中を通らされたとしても、私たちは神によって整えられていくことを心から感謝したいと思います。思わぬ試練に出会うことがあります。しかしそれを通して、実は神が、あなたを一番輝く人生へと導き、整え、恵みを与えようと準備しておられるということを知らなければなりません。
聖書には、「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました」(詩篇119:71)とありますが、神はあなたを単に苦しめようとしておられるのではなく、それには意味があるのです。苦しみは、あなたが輝くための恵みとなるのです。私たちは苦しみの中で砕かれて、神に求めて祈る者でありたいと思います。
全ての苦しみは私たちにとっては通りたくないものです。でも、その苦しみの中でこそ、私たちの人生が、本当に輝くものへと神によって整えられるのです。心から神の訓練を感謝して受ける者でありたいと思います。私たちは、苦しみを通らされてこそ恵みをいただくことができます。私たちは苦しみの中で神と出会い、一番輝く者とされるのです。神がこの苦しみを通して、私たちを神に用いられる者へと訓練して下さることを信じて心を合わせて祈りましょう。