今ここで働かれるいやし主

さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が回りを照らしたので、彼らはひどく恐れた。御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。今、私はこの民全体のためのすばらしい喜びを知らせに来たのです。きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」
                      ルカの福音書2章8節~12節 

 

時が満ちて(エペソ1:10)と書かれているように、キリストがこの世に降られたのは、イエスの誕生や教えが聖書として記され全世界に広がるための最善のタイミングを主は待っておられ、時が満ちたのです。
また、「救う」という聖書の言葉はソーゾー、救い主はソーテールですが、どちらも病気を治す、いやし主とも訳せる言葉です。聖書では、救いといやしは区別されないのです。今日、今も変わらぬ救い主、いやし主を体験しましょう。御使いガブリエルは、救い主イエスの誕生を5W1H的に明確に語っています。

1.きょう(When)

救い主は、2000年前の「今日」ではなく、今も働かれる主にある「今日」、現れたのです。過去や未来の話ではなく、神の御言葉が語られ、それを信じる今、今日ここで神の御業は現されるのです。御使いが言われた今日は、今、私たちのために語られた今日だということを知りましょう。

2.ダビデの町で(Where)

救い主の現れて下さったベツレヘムという町は、その当時から1000年前、偉大なダビデの町だったところです。そして、羊飼いにとってすぐ近くの町でした。私たちが救い主に会うために、特別な約束やコネは必要ないのです。「神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。」(ヤコブ4:8) 私たちが立ち上がりさえすれば、すぐに出会うことのできるところに救い主はいて下さいます。私たちもイエスにすぐ出会うことができます。

3.あなたがたのために(Why)

「ここに愛がある」と聖書に書かれているように、本物の愛が、理屈ではなく具体化され事実となったのがイエスの到来です。愛する者のために命を捨てる以上の愛はないと聖書に書かれていますが、私たちにとってその愛は、神から発せられ、事実とされた愛です。このことを感謝しましょう。

4.救い主が(Who)

イエスは、人生を救い、いやし、十字架の死によって私たちを全く造り変えて下さるお方です。
2人の盲人が、彼らの信じた通りに見えるようになった(マタイ9:27-30)のと同じように、あなたの信じているイエスは本当の救い主、いやし主であり、あなたの人生をがらりと変えて下さいます。そのような救い主としてイエスを受け止めましょう。

5.生まれた(What)

救い主は、単なる期待ではなく、本当にお生まれになり、触れることができる事実となったのです。そして私たちもまた、聖霊の働きによってイエスに触れることができます。イエスは、最後の預言者バプテスマのヨハネから遣わされた弟子たちに、旧約聖書の預言どおりのメシヤが行うはずのいやしの奇跡が、紛れもなく目の前で起こっているとヨハネに報告しなさいと言います。私たちも「今日、否定し難い事実として救い主が現れて下さった。それが私の信じる主イエス・キリストである」と告白し、羊飼いに語られた御言葉を自分のものとして受け止めましょう。そして、救いといやしを自分のものとしましょう。