キリストがおられる人生の旅

イエスが、…お生まれになったとき、…東方の博士たちがエルサレムにやって来て、…言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。…その方の星を見たので、拝みにまいりました。」…ヘロデ王は恐れ…学者たちをみな集めて、キリストはどこで生まれるのかと問いただした。彼らは…言った。「ユダヤのベツレヘムです。…」…彼らは…聞いて出かけた。すると、…東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。…       ルカの福音書2章1節~12節

イエスのご誕生の時が人間の歴史の中心点となり、その前後を紀元前(B.C. Before Christ キリスト以前)と紀元後(A.D. Anno Domini 主の年に)に定めるようになりました。救い主イエスが私たちの心に宿られた時から、私たちの人生も大きく変わります。 

1.不思議な導きが与えられる私たちの人生

博士たちは、なぜ遠い国からわざわざ旅をし、小さなユダヤの国までやって来たのでしょうか。それは、東の国にいた時、ユダヤ人の王で救い主である方の誕生を告げる不思議な星を見たからでした。
マタイの福音書1章では、結婚前にいいなずけのマリヤが妊娠し、ヨセフは離縁しようとしますが、夢に天使が現われ引き止められます。突然妊娠したマリヤにも天使が現われ、恵みを語ります。クリスマスの物語は、予想し得ない不思議が連発して起こるのですが、神の御手によることでした。私たちの人生の旅路にも、わからないことがいっぱいありますが、イエスが来て下さったことにより、受け止める意味が変わってきます。神がキリストのご誕生を通し語られるメッセージは、想定外の悪い出来事ではなく、神が思いもよらぬ想定外の素晴らしい恵みを与えて下さるということです。

2.約束によって導かれる私たちの人生

博士たちの来訪にあたり、ヘロデ王もエルサレムの人々も、大いに慌てます。王は、祭司長や学者をかき集め、救い主がどこで生まれるか調査をさせます。彼らは、旧約聖書のミカ書に、「ユダの地、ベツレヘム。…わたしの民イスラエルを治める支配者が、あなたから出るのだから。」と書かれているので、ユダヤのベツレヘムですと王に答えます。私たちの人生は、ゆくえの知れない不確かなものではありません。私たち人間にとって、すべて未知の歩みでも、神の側からすれば、すでに語られていることです。イエスのご誕生の何百年も前から、ひとりの赤ん坊がベツレヘムに生まれ、私たちの罪を背負い、身代わりの死を遂げると多くの預言者によって救い主の到来が約束されていました。博士たちに見たこともない星が現われ、想定外の出来事を通して導かれていくと、今度は、確かな神の約束がそこにありました。

3.信仰の道が与えられる私たちの人生

ヘロデ王は、「幼子のことを詳しく調べ、教えてほしい。私も行って拝むから。」と博士たちに言って、ベツレヘムへと送り出しました。でも本当は、王となる幼子を殺す計画でした。博士たちは、夢でヘロデのところへ戻るなという戒めを受け、別の道から自分の国へ帰って行きます。この後の聖書には、執念深いヘロデが、ベツレヘム近辺の二歳以下の男の子を皆殺しにしたとあります。王の命令を破るのは大きなリスクを伴ったはずですが、博士たちは別の道を歩みました。私たちは、イエスに出会ってから、人の理屈とは違う神に導かれる別の道が与えられています。人を愛し、人に与える幸いな道を喜び感謝し、主を証ししながら、救われた者としての人生の旅を歩んで行こうではありませんか。神がかかわって下さるあなたの人生にも、神は不思議な祝福を起こして下さいます。